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2006.12.03(Sun)
給食費を払わない保護者が急増だそうだ。
学校からの督促にも応じず
逆ギレのごとく難癖つける
クレーマー族が闊歩している。


もうこれは保護者のモラルの問題でしか
ないのではないだろうか。
何も教育行政や学校の対応の
問題ではないだろう。
学校をサービス業だと思っているのだ。
自分達はお客様なのだ。
だから気に入らなければ払うものも
払わなければいいという発想だろう。


日本人の民度の低下を白日に
晒してくれたクレーマー保護者に感謝w
感謝しているわけではないけど、
そういう家庭の子供はどういう風に
感じているのだろうか。
親が払わないと言っているのだから
そういうものなのだろ?と安直に
感じ取っているのだろうか。
それとも他の子と違うのは嫌だから
早く払って欲しいと思っているのだろうか。


学校は給食費を確信犯的に滞納している
家庭の児童に対して
「君は給食費払わないから来週から給食なしね。
お腹減るならお弁当持ってきなさいね。」なんて
言うのだろうか。
いや、そんなことは言えないだろう。
このご時世そんな児童はイジメの
標的にされるだけだ。


軍事評論家の潮氏は給食という
前時代的な制度自体が不要と
語ったそうだが、それも違う。
昔のように早起きをして張り切って
子供の弁当を作ってくれるような
保護者ばかりなら可能だろうが
現代ではおよそ不可能だろう。
子供が出て行く時間に平気で寝ている親なんて
ザラにいるだろう。
ネグレクトの延長上で家事放棄を
してコンビニ飯で夕食を済ます
子供がたくさんいるのだ。
給食制度を無くせば朝食抜き、
昼も夕食もコンビニなんていう
とんでもない偏食生活をする
子供が増えるのが関の山だ。


かと言って数ヶ月前にニュースで見たけど
地域の保護者が学校の家庭科室を
早朝から借りて登校児童のために
お手製朝食を作るなんてバカバカしいことは
止めるべきだろう。
保護者はどこまでズカズカと
学校に入り込む気なのか。
子供が一歩自宅を離れたら
そこからは学校児童としての
一日の生活の始まりである。
保護者の不必要な干渉は
子供の自立と、保護者と学校との
距離感を不安定なものにするだけだ。
学校のやり方に文句があるなら
それを家庭で実践すればよいではないか。
妙な正義感を振りかざして朝食を
児童に配る前に各家庭で朝食を
摂らせてから登校するように
PTAが呼びかければよい。
順序が違うのだ。


私は小中ともに給食だった。
それが普通だと思っていたし
給食費も払うのが当然だったし
払えない家庭にはそれなりに
利用できる制度があったはず。
今の状況を見ると保護者の無知さと
モラル低下だけが目につく。
要するに
「赤信号みんなで渡れば怖くない」
程度の話に過ぎない。
子供は親の背中を見て育つわけで
これではバカの再生産にしかならない。
勉強以前に大切なことを教えるのは
家庭の役目ではないか。
それを放棄して子供に起こる全ての
問題を学校に帰すというバカ親の
行進を止めなければならない。


バカ親の常套句は
「義務教育だから払わない、行かない、しないetc」
こやつ等は国民の三大義務を知らないのか。
納税、勤労、教育。
義務教育とは保護者が子供に
教育を受けさせる義務があるという
ことなのだ。
ならばそれを錦の御旗のように
用いて払わないなんて理屈は
なりたたないはずだ。
そもそも理屈なんて通じる大人なら
端からこんな問題を起こさないが。
イジメや未履修の問題に躍起になるのも
結構だけれども身に覚えのある保護者方々には
是非再考していただきたい問題である。
子供は親の背中を見て育つ。


誰が収拾するのさ?
2006.11.30(Thu)
イジメと自殺問題を巡っては色んな人が
色んなことを好き勝手に言っております。
教育再生会議は手ぬるい提言をまとめ、
各新聞は著名人からのストップ・ザ・イジメみたいな
メッセージを掲載したり。


先週の朝生で各論者が共通認識していたのは
イジメと自殺は切り離して考える別問題、
イジメ報道が後追いを招いている、
イジメ=悪=犯罪という認識の欠如、
このあたりだったでしょうか。


宮崎哲弥によるとWHOが青少年の
自殺報道に関するルールを作っているそう
なのだけれど、日本は全く守っていないそうだ。
それどころか真逆の報道をしているらしい。
WHOでは実名・顔写真の報道はしない、
動機や交友関係など過度の深入りをした報道はしない、
後追いを防ぐような報道に力を入れるなど。
他にも項目がいくつかあるようなのだけれど、
日本の報道はどれもクリアできていない。
朝から晩までイジメ自殺だと騒ぎたてて
亡くなったから解禁とばかりに
交友関係や文集、卒業アルバムの写真の使用など
生徒の個人情報をこれでもかと報道する。
そして自称文化人やお役所様が月並みな
自殺防止メッセージを出す。
これだけ連鎖的に起こっているのだから
マスコミ報道のあり方を真剣に考えて
いただきたいものだ。


あとはイジメ=犯罪だから警察の介入も
止む無しという主張もあった。
やはり左派論陣は反対していたけれど。
学校や家庭の管理を超えたイジメならば
暴行罪や恐喝罪でしょっぴけると私も思う。


あと心に残ったのがイジメが起こったら
最後は誰かが被害を被って責任を取ることになると。
それが日本では被害者であって転校を
余儀なくされたりする。
それは問題ではないか。
加害者が責任を取って去るべきでは
ないのかという話だ。
確かに言われてみればそうだ。
理不尽極まりない。
今回の教育再生会議でも議論にはなったようだけど
加害者の出席停止くらいは当然の措置として
行うべきではないだろうか。
社会奉仕をさせるべきという論もあるけど
どうも手ぬるいのではないだろうか。
人を死に至らしめる行為を平気で行う
外道に社会奉仕を嫌々やらせたところで
改心するとは思えない。
ほとぼり冷めたら再犯に及ぶのが
目に浮かぶ。
やはりイジメ=犯罪なのだ。


教育再生会議も政府として目玉中の目玉として
スタートしたけれど、これからどういう
方向に向かっていくのだろう。
また教育基本法改正と現実のイジメ・自殺の問題の
どちらに政府は本腰を入れていくのだろう。
私は目前の問題をまずは収拾すべきだと
思うのだが。






2006.11.04(Sat)
福岡の中2男子生徒自殺の波紋は
収まる様子がない。
イジメによる自殺は後を絶たない。
それを過去数年間、それぞれの
教育委員会や文科省はいじめによる
自殺数はゼロと公表していたのだから
開いた口が塞がらない。
自分の地域から自殺者を出す事が
学校、教育委員会など公務員の人には
不名誉なことなのであろう。
全ては自己保身でしかない。


福岡の件ではいじめをしていた生徒達が
中2男子自殺後も違う生徒を標的として
いじめを働いていることが明らかに
なったそうだ。
今こうしている間にも事態は悪い方向へ
進んでいるのかと思うとやりきれない。


このいじめグループは自殺生徒の葬式でも
棺桶を覗き込んで笑っていたというではないか。
人間の所業ではない。
もはや学校や保護者の指導で対処できる
状態ではないのではないだろうか。
これを悪魔と呼ばずして何と呼べばよいのか。
さんざん2ちゃんねるを中心とした
ネット上で自分達の実名が出回っていたとしても
この生徒達には全く関係がないらしい。
単にネットを利用する環境に無いから
知らないのかもしれないが。


これだけいじめが問題になっているのだから
児童相談所や教育委員会など公的機関が
果たす役割は大きいはずなのだ。
だけどまるで機能していないようだし、
これは一体どうしたものだろうか。
前から疑問なのはいじめをして
人を自殺に追いやった悪魔を
逮捕することはできないのだろうか。
肉体的、精神的に暴力を受け
日常生活がままならず義務教育が
履行できない状態にある青少年に
更なる危害を加えており、
刑事事件として立件できると思うのだが。
いじめなら物証は幾らでもあるはずだし。
教育を含めた他人の生活状況を
故意に乱して権利を奪っているのだから
憲法違反に当たるのさえ自明だ。


福岡の場合は見せしめ的に警察が介入して
収拾を図るしかないのではないか。
もちろん学校側は不名誉だから嫌がるだろうが
犯罪者を匿うようなまねをいつまでも
続けるわけにはいくまい。
これで上手くいくと全国の
いじめられている生徒・保護者が
雪崩式に警察に相談に行くような
状況が起こるかもしれないので
警察も嫌がるのかもしれないけど。


いじめる側は他人を傷つけて生活を
妨げているのだから明らかな犯罪だ。
それが小中学生であろうと大人であろうと
変わらない。
ダメなものはダメだと公権力が介入して
身をもって教え償わせるのも立派な
教育だと思うのだけれど、いかがでしょうか?



補修は50時間て!
2006.11.01(Wed)
今日は新しい職場へ出社初日だった。
ひたすら座学で少々疲れた。
お尻も痛いぜ。
よさそうな感じの人ばかりで
そっと胸を撫で下ろしたって
感じですわ。


さーてさて、連日取り上げて
おりまするところの未履修問題。
どうやら最大で50コマまでの
補修(何度も言うが補修ではない)に
するとの最終案が出たようです。
え?350コマの学校の残り300コマは?
政府は現実の時間の制約に負けたのか。
これで本当にいいのか。


ズルしても罰もないんだな。
ズルしても高偏差値校に入れればいいんだな。
学校も生徒も両方がそう思ってるのだから
この国の教育は困ったものだ。
真面目にやってる人よりも
ズルをする人の方が優秀なのか。
なぜ不公平感というものを
考慮に入れて全面的な未履修授業を
実施できないのか。
人生の教訓を生徒に教える絶好の
機会ではないのか。


それに内申書や教育委員会への
報告書類を偽っていたのなら
校長を公文書偽造の類の罪で
逮捕できるのではないだろうか。
いや間違い無くできるだろう。
実際に何百人の校長を逮捕すると
なると混乱が起こるからしないだけだと
思うのだが。
そのくらいの警告はこれからでも
遅くはないので文科省と警察が
協力してすべきだ。


もうこの問題はグダグダだ。
どこかの校長は自殺するし。
なんだか日本人の心の腐敗は
行き着く所まで来たような
末期的な症状に映る。
繰り返し言うが、真面目な者が
泣きを見て、バレなければ何を
してもいいという風潮は断じて
許すべきではない。



2006.10.29(Sun)
必修授業の未履修問題はどのような形で
収拾されていくのだろうか。
現実問題として350時間の未履修のある
学校などは時間的にも精神的にも
生徒にとっては重荷になるに違いない。
3年生ならば文理に別れていて
さらに国公立、私立、専門、就職などと
細かくクラス分けがされているはずだ。
限られた教員で細分化された生徒の
時間割に合わせた授業が受け持てるのだろうか。


自民党の森さんは補修授業を
する必要なし、論文などで単位を
認めるようにせよとコメントをした。
自民党上層部に長年君臨した
人だけあってなんとも滑稽なコメントだ。
森氏が教育論の見地から話したのなら
時間的制約のある現段階での方策としては
一つの提言としてはいいだろう。
しかし森氏の言質には
「正直者がバカを見る。ズルした者勝ち」と
いったような自民党体質が滲みでている
ように聞こえるのだ。
所詮は文教族といいながら、
それを政治の道具にしているだけで
教育のことなど何も興味もないような
人物なのだ。


要するに何らかの救済措置が必要なのかどうか。
大多数の高3生はこれからも受験に関係のない
教科を卒業まで受け続けるのだ。
それをズルをしていた学校はしなくていい、
習っていない教科についてレポートなどで
履修したことにすればいいというのは
あまりにも不公平ではないか。
なぜ真面目にやった者は馬鹿を見ますよ?
ともとれるコメントを平気で公の場で出せるのか。
森氏の個人的な素養を疑いたくなる。


これから数十、数百時間の勉強を強いられる
生徒がかわいそうだと森氏は言う。
ここで特別措置をしない方が
生徒に社会の公平性やルール遵守を
教える機会になると理解できないのだ。
おそらく自らの発言がなぜ叩かれるかすら
理解できていないのだろう。
大物政治家の「かわいそう」という感情だけで
教育行政が動かされてたまるか。


しかし落し所は必要なのは確か。
ただ未履修生徒に特別措置をすると
履修生徒との間に不公平が生じる。
だから未履修生徒はこれから
限られた時間で一生懸命履修をする。
もちろんレポートではなくて
教室で正規の授業スタイルで行う。
それで良いのではないか。
おそらくPTAの反発は凄まじいと思うが。
正直者がバカを見る社会にしてはいけない。
それを知る勉強になるだろう。
そして何でも先生の言うことだからと
信じてはいけないこと。
自分なりの尺度で世の中と対峙して
いくのだ。
恨むなら教師、学校を恨め。
そしてその経験を糧に社会に出ろ。
悔しい気持ちを忘れるな。


あとは問題校の今後の処分が
気になる。
今は混乱の最中だからとりあえず
授業に集中してもらいたいが。
以前にも書いたがこの信頼の
裏切り、騙しは大きいのだ。
国、地方自治体、教育委員会、
地域、生徒、保護者、大学等。
学校運営に関わる全ての主体を
騙していたのだから。
おそらく校長の減俸、
来年度以降のカリキュラム・履修状態の
チェック体制の強化。
こんなところに落ち着くのだろう。
信頼を裏切ったのだから、
推薦枠の取消、地域モデル校の取消など
しばらくは学校も生き恥を晒して
もらわないと。


聞いて呆れる話が連日報道されるけど
ほんとにどうなっているのでしょうか。
これは高等教育の世界の話ではなくて
日本全体の病理の一側面だと思う。
もうモラルハザードも窮まれりで、
県知事の汚職逮捕も公務員の架空休業も
本質は変わらないのではないか。
自分だけが得をすればルールを
犯してもかまわないのか。
ここ数年日本人が蝕まれている
この「公」の喪失を何とかして
悔い改めなければとんでもない
汚職・違法国家になりそうで怖い。


どこまで広がるのか
2006.10.27(Fri)
必修授業の未履修問題は
えらいことになってきた。
これから350時間の授業を
しなければならない
学校もあるらしい。
とんでもない話だ。
そんな形だけの授業をしたって
受験前の生徒が真剣に取り組み
わけがないじゃないか。
他の科目の勉強をしていても
教師は注意できるのだろうか。


それにしても全国の高校生は
意外と大人しい印象を受ける。
全校集会を行って全国の校長が
頭を下げる映像が各局流れているが
生徒が逆上をしたとか座り込みをしたとか
校長を吊るし上げたとかの物騒な
事態が起こったとは聞かない。
受験前に余計な騒動に巻き込まれて
グーの音も出ないのか、
進学校には教師の言う事には従順に従う
坊ちゃん嬢ちゃんが多いのだろうか。


そういえば新庄おつかれさま。
泣きながら守備につく最終回は
さすがに野球に興味の無い
私でも少し感動した。
おめでとうファイターズ。
おめでとう北海道。


2006.10.25(Wed)
某公立高校3年の地理・歴史科目の
単位足りないよ騒動はおどろいたな。
学校ぐるみでルール違反をしていたの
だから手に負えない。
聞けば進学校だという。
今の大学受験はカリキュラムを
無理やり変えてまで対策を
しなければ厳しいのだろうか。
否、そんなわけはない。


学校側の言い訳もありえない。
世界史、日本史、地理はそれぞれ
関連しあっているから、だとさ。
確信犯が聞いてあきれる。
この時期から受験に関係ない科目を
70時間も受けさせられる生徒が
不憫でならない。
よくこれまで明るみにならなかったものだ。
バレなければ何年先もずっと
続けるつもりだったのだろうか。
学校教育そのものを舐めているとしか
思えない。
しかも公立校でこんなことが
平然と行われていたとは。


日本史必修化の提案が出ている
タイミングだけに関心も大きい。
それにしても世界史が必修で
日本史はそうではないのはおかしい。
つまり地歴から2科目を履修ということは
世界史を必修、地理を選択科目の
ような形にして日本史を一切
習わずに高校を卒業する若者が
相当数いるってわけだ。
以前見たテレビでは約3割とか
言ってた。


そりゃ政治への関心も国際事情にも
疎いし関心も持たないわけだ。
日本史が土台にあって世界史と地理だろ。
こういうところに未だに
GHQの亡霊が生きてるようでは困る。
自国の歴史を教えない高等教育なんて
世界中を探しても日本くらいではないか。


特に明治以降だな。
幸いにして日本史Aという
現代史重視の科目があるのだから
もっと普及させればいい。
だって20歳超えても
「伊藤博文って何した人?」とか
「自民党って何?」みたいな人が
多すぎるよ。


私の高校時代はどうだったかなぁ。
確か一年が「現代社会」で
二年が「世界史B」と「日本史B」が両方で
三年が「日本史B」と「政治経済」だったかな。
政治経済は選択科目で受験とは関係なかったけど。
それで受験は日本史だったな。
だから世界史の知識は無いし、
地理は習ってもいない。
これでも2科目履修したことになるんだよな。
ほとんど日本史しか印象になくても。


とにかく生徒さんがかわいそう。
なんとかウルトラCはないのかな。
でも卒業まで時間がないから
集中的にやるしかないな。
せめて春先にでも発覚しとけばなー。
でもきっと氷山の一角なんだよ。
今頃たくさんの学校が戦々恐々として
隠蔽工作に追われてるかもw


2006.10.15(Sun)
カワカミプリンセスの
デビュー以来無傷の5連勝での
秋華賞制覇は間違い無く偉業だ。
日本の競馬はディープだけではない。
今年の2歳牝馬はかなりレベルが
高いようだ。
有力馬達は春から順調に成長を
遂げてきた。
今回もそれらが上位に名を連ねた。
特に2着アサヒライジングの
評価は日増しに高まってきていた
ところであり、12-16という結果は
妥当だと思う。


このところ中学生が遺書を残して
自殺するってニュースが多い。
やりきれないねー。
そこに至るまでに周りが気付くなり
本人がヘルプを出すなりできなかったのか。
しかし本人にすれば八方手を
尽くしてみたけれど、どうにも
ならないと最悪な結末に至るのだろう。


やっぱりイジメってよくない。
人間は常に誰かと競っていたり、
時には見下したりしないと
生きていけない動物だと思う。
それは性だ。
それが健全な形で機能すれば
お互いを切磋琢磨して高めあう
ような作用をする。
時にそれが己のエゴや示威行為に
乗っ取られて不健全な形に変化する。
それがイジメという状態。


たぶんイジメている側は楽しいのだ。
でも相手の気持ちを考えられない。
これは危険な快楽だ。
一種の麻薬なのだ。
そいつらの精神状態が病んでいる証拠。
他人に迷惑のかからない形でそれを
発散すればいいのだけれど、
子供はその方法がわからないから
イジメに走る。
バカげた心理だ。
ある種の依存症と変わらない。
ギャンブルやアルコールは他人に
迷惑をかけない限り自分の責任の
範囲内で楽しめば結構だが、
イジメは間違いなく誰かの心と体を
傷つけるのだ。


こう考えると近頃の学生生徒諸君は
ストレスが溜まっているのだろうか。
それを発散する術を知らない。
遊び方、気の抜き方を知らないのかな。
若者は自由が欲しい、早く大人に
なりたいという。
それは今も昔も同じ。
イジメなんてしていると自分で自分の
首を絞めているようなもので
自由や楽しいことなんて離れていく。


あと思うのが、自殺は殺人だということ。
自分を殺しても殺人なんだ。
イジメられて鬱屈していき、自分の殻に
閉じこもる。
状況が改善されなくて自殺をする。
全てが内向きへ向かっている。
昔の若者を見習えというのではないが、
不満があればそれを行動に移したのが
昔の若者だった。
学生運動とか校内暴力とか。
こんな暴力の時代を肯定できないけど、
何も抵抗せずに自殺するのに比べると
若者心理としては健康だと思う。
かと言ってイジメてくる奴らに
復讐せよってことにはならないが。
そのくらいの気概を持って生きて
いくほうが世の中って楽に生きられるよと
言いたいのだ。


感情の発露が権力に立ち向かうことに繋がる。
このプロセスは個人的にかなり共感できるのだ。
文句や不満があるなら戦わねばならない。
社会対自分ではないけれど、常に自分の
位置する座標軸を認識して生活することは
大切だと思う。
イジメてる奴らもイジメられてる奴らも
よく自分の置かれてる状況と、やらねば
ならないことを考えるべきだ。
そうすればイジメなんてバカバカしい
ことだと気付くはずだし、自殺なんて
最悪の殺人だと気付くはずだ。



2006.10.01(Sun)
今夜は凱旋門賞。
これは楽しみすぎる。
初めから興味のなかったWBCやトリノ五輪、
何らの期待もしていなかったサッカーWC日本代表、
そういうスポーツトピックに比して
個人的には今年最大の関心事だったりする。
優勝して欲しいけど、まずは無事にレースを
終えることを切望。
ケガだけは避けてほしい。
不安を言うならフランス入りしてから
慣らしのレースをしていないので宝塚記念以来となる
前走との間隔かな。


さてアホなニュースを発見。


秋田経済法科大と系列の短大が
学生の茶髪とピアスを禁止。
従わない場合は懲戒、
改めた学生には報奨金1万円。
理事長によると、
服装や頭髪の乱れがモラルやマナーの低下を招く、
それはニートやフリーター問題の一因である、だそう。


あーうぜぇw
本気でこんな発想ができて実行してしまう
大学の人達のモラルを疑いますね。
身だしなみの乱れがニート・フリーター問題に
繋がるってどんな短絡的な発想だよ。
講義で若年者雇用の問題を扱う時にも
そのように教えているのだろうか。
浅学極まりないね。
変わったことをすれば注目を集められると
思っているだけだろうか。


これで学生側がどうでるかが楽しみ。
中には1万円欲しさにヒョコヒョコする
学生もいるだろうが。
極端に言えば学生自治の見地から
闘う必要があるのではないだろうか。
こんなものは悪法である。
そもそも身だしなみの乱れが
ニ?ト・フリーター問題に繋がるという
誤った認識をしている大学上層部を
論破せねばなるまい。


古臭いけど、
「学生よ!蜂起せよ!」って感じだ。
こんなことをすれば受験者数が減るのでは
ないだろうか。
例えばモラル維持のための学内禁煙の徹底などで
あれば世論の流れに鑑みても多くの学生からも
不満は出ないであろう。
しかし茶髪・ピアスは個人のファッションとして
表現の自由だ。
全国の大学生に許された自由である。
中学生ではあるまいし、これを校則で
縛るというのは世間一般の風潮からいっても
時代錯誤甚だしい。
これは暫く追いかけていきたいニュースですね。
学生の自由・自治を賭けた闘いになる。


教師への暴力増加中
2006.09.14(Thu)
小学校で児童から教師に対する
暴力が急増という記事を見ました。
今時の先生は本当に大変な職業だと
思います。
生徒からは暴力、
保護者からは理不尽なクレームがひっきりなし、
地域の安全を知恵を出し合って守りましょうetc


あたしの小学生時代を思いだしてみると、
教師に暴力を奮う児童や授業中に
立ち歩く子供もいなかったので
若干イメージがしにくい部分があります。
恵まれていたと思うべきでしょうか。


暴力は許されるわけはありません。
しかし教師→生徒の暴力は懲戒処分に
なるなど問題になり処分が待っています。
しかし生徒→教師の暴力については
いかなる対応ができるのでしょうか。
高校以降なら停学処分がありますが、
小中学校では具体的な処分はできないはず。


教頭や校長が入念に面談をしたり、
反省文を書かせたり、
保護者へ指導を強化するように
話をするといったレベルでしょうか。
心の問題が深いのであればカウンセラーが
対応するようなこともあるのかもしれません。
いづれにしても児童にとっては
少し退屈な時間を強いられる程度では
ないでしょうか。


大人に向かって暴力を奮うということには
何らかの主張が込められていると思います。
子供だって全ての行動や感情表現には
意味があると尊重してあげることは
教育の場には必要でしょう。
大声で泣く子にはその子の、
イジメを働く子にはその子の。


だから放置することは許されません。
ただ暴力という表現はいけないよと
いうことを教えることがスタートでしょう。
それから不満があるなら聞いてあげる。
段階的に教えていかないと一足飛びに
「先生に暴力を奮うとは何事じゃ!」
と怒鳴るだけでは解決はしないでしょう。


まぁ先生が舐められてる部分も
あるのでしょうね。
威厳がないと。
あとは自分達はお客様だから
何をしてもいいんだよみたいなノリ。
これは親が学校や先生という存在を
そのように軽んじた会話を家庭で
しているとか子供にそのように
教えているとか。
まぁ以前も書きましたが
「一家揃って犯罪者」みたいな
家族が増えてきたわけですな。


「うちの子は家では良い子です。
そんな我が子が学校でだけ聞き分けの
ない子になるなんて、周りの同級生が
悪いか担任が悪いのです!」
みたいな解釈をする親が多いのでしょう。
教育を全て学校任せにしている親。


教育の崩壊は国の崩壊に繋がります。
あ?怖い怖い。






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