スポンサーサイト
--.--.--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2007.09.20(Thu)
光市母子殺害事件の差し戻し審は
検察、弁護側それぞれの最終弁論を残すまでとなった。
今日は本村さんと故・弥生さんのお母さんが
証言台に立った。
いつもながらに思うのは本当に本村洋さんという人は
強い人だと思う。
こんな妙ちくりんな事件に遭わなければ裁判に
関わることなんてなくある意味では平凡な
家庭生活とサラリーマン人生を送っていたはず。
きっと事件後にかなりの勉強をされたのだろう。
主張は全くぶれていないし、世論は圧倒的に
本村さんになびいている。
なんとか体調を崩さずに最後の最後まで
頑張っていただきたい。


しかしである。
私はいわゆる被害者感情重視の司法という流れには
慎重な立場を取りたい。
理由は単純。
何をどうすれば被害者感情を重視したことに
なるのかがわからないから。


今回のように法廷で証言をすることが被害者参加?
もっと進めて検察側に同席したら被害者参加?
厳罰化をひたすら推し進めれば被害者参加?
どうもこのあたりがわからない。
はっきり言ってキリがないと思う。
何より日本の司法は起訴独占主義である。
つまり刑事事件において事件を起訴するか
しないかというチョイスは検察のみが
権限を握っている。
そして起訴されると検察が調書を取って
それにそって裁判は展開されることになる。
そう、日本の現行の司法制度には被害者が
具体的に裁判に参加する方法はないのである。


私は公判廷への被害者の直接的参加ではなくて
司法へのアクセス支援や精神的支援にもっと
力を入れるべきだと思う。
現実的にはそれが先だろう。
これから裁判員制度が導入されて被害者や遺族が
これまでより頻繁に法廷で証言をするように
なると素人の我々は感情論に安易に流されて
しまいかねない。
光市事件についても我々は自分が裁判員に
なったつもりで冷静に公判を見つめるべきだろう。

スポンサーサイト


コメント

この記事へのコメント一覧

コメントを残す

URL:
コメント:
パスワード:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
送信:
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。