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2007.08.19(Sun)
この夏は戦争関連映画が多く上映されている。
従来見られたような大規模なロケやCGをふんだんに
使った大作という系統ではなくて戦後世代である無名監督が
良質のドキュメントを提供するというパターンが
今年は多いようだ。
フィクションの世界でリアルさを追求するよりも
年々生き字引が減ってきた今のうちに生の声を
拾おうという意図も製作者にはあるだろうし、
語り部達も今まで戦後60年間ひた隠しにしてきた秘密を
最後に公にしてしまおうという勇気の発露が
ドキュメント作品の増加に結びついているのだろう。


今日は「TOKKO」を観てきた。
関西では今のところは第七芸術劇場でしか上映されて
いなくて、しかも夕方の一回のみ、盆休み最後の日曜と
混雑する条件が揃っていたのだろうか。
てっきりガラガラだとたかを括って開始時間の少し前に
着くと人で溢れてるじゃないっすか。
ざっと8割以上の入りで補助席まで出る繁盛振り。
意外と注目度が高いのかなぁと。


さて作品の評価だけど、かなり良かったです。
何が良い点かと考えると監督であるリサ・モリモト氏自身が
あまり特定のイデオロギーに染まった方ではないのかは
わからない。
だが少なくとも作品には妙な反戦思想や
逆に戦争賛美といったシーンもなく終始淡々と
語り部達が話してくれていたのが印象的だった。
作品制作の動機がリサ氏の亡くなった叔父が
特攻隊員だったことを知ったのがきっかけで
興味を持ったことらしく、非常に素直な
動機というか自らのルーツ探しにさえ繋がるような
イデオロギー抜きの純粋な製作者の眼差しが
終始作品に貫かれている。


特にケチをつけるような場面もなかった。
証言者達も非常に積極的に話しにくいことを
話してくれた印象を持ったし、ところどころに
往時のニュース映像を交えたりして観ている側に
わかりやすい配慮がなされていた。
はっきり言ってこれ以上の本音を引き出そうとすると
あからさまな軍部批判や天皇批判が出てきて
まとまりにかけてしまうのが目に見えていえるので
あくまで証言者が生で体験したことに限定して
インタビューを掘り進めたことが勝因ではないか。


印象に残ったシーンは米兵へのインタビューで
もしも日独の攻撃に手を焼いて米国が追い詰められたら
米国だって特攻作戦を採用していたかもしれないと
語ったシーン。
まぁどこまで本気にすればいいのか、
聞き流してもいいシーンなのだけど。
私に言わせればお前らがそんなことするわけねぇだろと。
ルーズベルトのために命捨てる兵隊なんて
米国にいるわけないと思うのだが。


結局思うのは私達日本人の奥底には今も昔も
「特攻」的なるもの、「カミカゼ」的なるものが
潜んでいるのではないかということ。
昨今の過労死や自殺なんかを見ていると
妙な使命感や行き過ぎた上意下達が突き詰められると
我々だって未だに「特攻」してるんじゃないのかと思う。
この作品を見て「昔の日本人はバカだった」とか
「今の私達ならもっと上手く戦争を終結できる」とか
無責任な感想は持たない方がいいと思う。
たった60年で国民性が180度変わることなんて
有り得るのだろうか。
いまの日本人1億2000万人のそれぞれに
「特攻」的なるものが、なりを潜めて隠れているのでは。
特攻作戦というシンボリックな現象に目を奪われて
良し悪しを議論する時代は終わった。
この教訓をいかに我々のこれからの生活の場面で活かすか
またもしも不幸にして日本が他国と刃を交えなければ
ならなくなった時に反省は活かされるのか。
日本人は本当にどこまで変われたのか。
問題の根は深いと思う。


繰り返すがこれから見る人には単に特攻作戦の
無駄を嘆いたり、嘲笑の対象にするのだけは
止めていただきたい。
特攻というか先の大戦について知るにはやはり
軍の特殊性を知る必要がある。
あまり日本史をご存知ない方も↓に挙げた
項目くらいは押さえてから映画を観て
興味を持てばさらに近現代史の勉強をして
いただいたらいいと思う。
この映画は当時の軍に対する現代人が抱く違和感を
余すところ無く抉り出した良作であると共に
我々の日本人としての内なる根本哲学にもう一度
向き合う機会を提供してくれる作品である。


<大戦を知るための予備知識>
・明治憲法の不備(天皇大権の問題)
→早く天皇のリードで終戦すべきであったという
声は古今東西根強いが憲法論として裕仁天皇には
御前会議を初めとする各種の意思決定の場面で
自らの考えを披露する権限を持たなかった。
裁可を下す、つまりは内閣や軍部の決定事項に
判を押すことしかできなかった。


・軍部大臣現役武官制
→戦局が広がるにつれ軍部の力が強まった。
新たに組閣するに際して陸・海軍大臣の人事は
軍部のお伺いを立てなければ決められなかった。
つまり軍部がノーを続ければ組閣ができないという
組閣そのものを軍部が握るに等しい状態にあった。
民主国家の常識である文民統制(軍部の所管大臣は
軍人ではなく文官でなければならない)は
どこかに忘れ去られていた。


・陸軍と海軍の反目
→元来軍隊には全体を統率する幕僚組織が必須であるが
帝国軍は陸・海がそれぞれの思惑で動いていて
協働する気など終始なかった。
そもそも陸・海は作戦遂行のためには一緒に共通の
目標のために動くものあるが、何を思ったのか
帝国陸海軍の場合、中国大陸は陸軍が担当、
東南アジア、太平洋は海軍が担当という
地域ごとに担当を決めるという不可解な方針の
元に動いていた。


・葉隠「武士道とは死ぬことと見つけたり」
→これが日本人が世界の中で特異な存在である証。
死を肯定的に捉える傾向は今の我々にもある。
戦陣訓「生きて虜囚の辱めを受けず」つまりは
捕虜になるくらいなら死になさいという発想が
帝国陸海軍の根底にあるのだから当時の上層部は
特攻作戦そのものにあまり抵抗はなかったのではないか。
もちろん現場の兵隊は武士道よりも明日の米のことを
心配していたに違いない。


TOKKO
第七藝術劇場

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