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2007.08.24(Fri)
今日は大阪の難波周辺をブラリしてた。
お目当てはワッハ上方という上方演芸の資料館。
今日から3日間特別に無料で開放されるというので
初めて見てきた。
けっこう色々と古い資料がたくさんあって
きっと価値のあるものだろうけど、さすがに
エンタツ・アチャコとか落語や浪曲なんかの
大師匠方になるとよく知らない。
ここの目玉はやはり豊富な視聴覚資料だろう。
懐かしの漫才や落語に触れるのも楽しいものだ。
期間中はミナミ全体でスタンプラリーも
やっているようなので明日、明後日予定のない方はいかが?


昼食は金龍ラーメンという関西では有名な
ラーメン屋へ。
ワッハ上方向かい、NGKの隣。
ラーメンが600円で白ご飯はおかわり自由という
かなり良心的な価格設定。
暑い時に熱いラーメンでご飯をモリモリ食べる、
きっと外回りの皆さんの強い味方になるはず。
チャーシューも5枚くらい入っていたし
味も◎。


続いては上方浮世絵館へ。
法善寺の向かい。
春に大阪市立美術館で浮世絵展を見て以来
すっかり浮世絵好きな私。
たまたま私しか客がいなかったので
ゆっくり見れてよかった。
しかし浮世絵ってやつは面白いね。
美術の知識なしで楽しめるところがいい。


普段はあまりミナミ、つまり難波や心斎橋方面に
出ることがないので色々と町の変化には
驚かされる。
はっきり行ってミナミという地域は歴史的には
負の面が多くて、幾多の悲しい歴史を背負ってきた
地域だと言える。
千日前は刑場だったし、難波は遊郭地帯だった。
それが今では大阪を象徴する町として大繁盛だ。
粉物文化、お笑い文化、ついでにパチンコ文化まで。
道を歩けば外国人に当たる状態で様々な国籍の
観光客が訪れる町になっている。
そういえばビックカメラには世界陸上のどこかの
選手達がパソコン売り場を熱心に見てたぞ。


それはこの地域の活性化を間違いなくもたらしている。
梅田近辺の方がまさに関西の中心地で規模は大きいけど
あちらは東京発信の画一的なファッションビルだったり
いかにも流行を狙った町なので真の大阪文化は
心斎橋以南にあり、と捉えることができるだろう。
だが町の至るところにホームレスが寝ていたり
ダンボール満載のリヤカーを引いたオジサンが
我が物顔で車道を通っていたりと私達関西人には
馴染みの風景でも他の地域の人や外国人から見れば
どう見えるのだろうかという光景も多い。


私達が観光をし、たくさんのお金を落としている
すぐ隣で生きるか死ぬかの生活をしている人がいる。
私達はそういう人達に思いを致すことも必要なのでは
ないだろうか。
近頃の日本人の病理の一つに自分は「こっち」の世界の住民、
ホームレスや弱者は「あっち」の世界の住民といったように
自分と違う生活様式、思考を持った人達とは関わりたくない
または攻撃を好きなだけ加えても構わないといったような
空気があるように思う。
ミナミにはたくさんの疲弊した社会病理が充満しているが
私達はどれだけ感じることができているだろうか。
つまり物質生活の裏には様々な負の面があるという
ことでござんす。
暑い日に熱い町でこんなアツイこと考えながら
散歩してました。

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2007.07.17(Tue)
鶴橋駅からスタート。
鶴橋はJR、近鉄、地下鉄の乗り入れる
ちょっとしたターミナル。
そして日本最大級のコリアンタウンである。


私は自称・路地裏ウォーカーである。
そんな私が下町探訪をする際のチェックポイントが
いくつかある。
・パチンコ、ラブホが住宅地にあるか
・アジア系の料理店が多いか
・人権啓発のポスターが多いか
・共産党、公明党のポスターが多いか
・交通安全の標語ポスターがストレートか
(例『信号を守れ!』)
・マイナーな宗教の施設があるか
こんなところ。
今回はかなり当てはまっている。


鶴橋駅から降りるとテレビでよく紹介される
商店街がまずお出迎えである。
キムチ、冷麺、ホルモン、チジミなどの
香ばしい臭いや朝鮮雑貨の店が所狭しと
軒を連ねている。
所狭しというか本当に通路が狭い。
テレビや旅行誌で取り上げられる機会が
増えたからだろう。
国内外からの観光客がかなり多い。
地元民の台所としての機能以上のものを
果たしているようだ。


鶴橋界隈の地理を簡単におさらい。
南北に走るのがJR、東西が近鉄。
そのターミナルから西が天王寺区、
北東が東成区、南東が生野区だ。
まずは千日前通を東へ。
途中までは東成区で南下し始めて
近鉄の線路を越えると生野区だ。


その途中に地下鉄今里駅があった。
今里筋線という新線が昨年12月に
開業したがこの路線だけは理解できない。
大阪市営地下鉄は御堂筋線の梅田?天王寺間を
除いて全て赤字だという。
そこに新線を作ること自体おかしいが
この新線は大阪中心部を通るわけでなく
沿線に集客力のあるスポットがあるわけでなく
なんのために作った路線なのか意味不明なのだ。
つくづく大阪市は変な自治体だ。


さて散策は生野区新今里3丁目付近へ。
ここが今回の最ディープ。
はっきり言ってまわりはハングルだらけ
日本語をほとんど聞かない。
そして旧遊郭。
今里新地というのがある。
軒数にして20?30軒。
古めかしい料亭には怪しいピンクの電燈が。
店先にはやり手ババアしかいなかったので
女性は置屋で待機しているシステムなのだろう。
いわゆる顔出しなしってやつ。
天気が悪いせいかどこも流行ってなさそうだ。


この周辺にはオウム監視小屋とか怪しいキリスト教系の
施設とかがあってなかなか独特の雰囲気を醸し出している。
やはり周りがハングルだらけというのは少し怖い。
でもスナックとか焼肉屋とかいかにも大阪の下町の風景だ。


続いて鶴橋方向へ戻って猪飼野橋交差点辺りから
南下して桃谷駅へ。
駅前はありきたりなファストフードやスーパーがあって
鶴橋のコリアン色とは違う雰囲気がある。
もちろんこちらにも焼肉屋やホルモン屋は多い。
でもこっちの駅の方が大阪下町の本流を
いっている気がする。


さらっと歩いただけだけどやはり鶴橋は
独特の町だ。
誤解を恐れずに言うが顔つきなどでコリアンと
わかる人がかなり多かった。
生野区のコリアン率はかなりのものだろうが
特に新今里地区などはすごいのではないか。
しかし町には活気があって、至るところから
おいしそうな臭いが漂っていてノドが
鳴りっぱなしだった。


あとホームレスがもっと多いかと思っていたけど
そうでもなかったかな。
単純な話で外国で暮らしていくのは苦労があるに
違いなくて特に日本でコリアンが生きていくのには
苦しい時代が長かった。
その中で経済的に困窮してドロップアウトしてしまう
人も多いはず。
しかしこと鶴橋の商店街に関しては意外なほど
観光客で賑わっていて楽しかった。
今時失われた活気や何かパワーを持った町だ。
またコリアングルメを楽しみに行ってみたい。



2007.05.18(Fri)
さてさてあいりん地区を後にして
日本橋で時間を潰したあとに
飛田新地へ。
そういえば日本橋でメイドがチラシを
街頭で配ってた。
本当にいるのですな、メイドって人種が。


飛田新地。
あいりんから徒歩10分くらい、
天王寺からだと20分くらい。
これについては私は非常に懐疑的にみている。
というよりは日本の性風俗産業そのものに
対して疑問が色々とあって。
戦前の日本には公娼制度があった。
つまり国が売春を認めていた。
厳密には管理売春といって
特定の地区内に店舗と従事者を
集中させて性病の蔓延などを
食い止めようという発想である。
この名残の最も有名なのが
東京の吉原。
あそこの一角を囲い込んで管理売春を
国が監督していたということだ。
その地区は警察が地図を赤い線で
囲ったことから赤線と呼ばれる
ことになった。
もちろん戦後は売春禁止法ができて
金銭のやり取りを伴う性風俗は
禁止された。。はずだった。
旧赤線地帯のいくらかは今でも
営業を続けている。
吉原のようにソープランドに
模様替えしたもの。
そして飛田のように料亭の体裁を
とって本番営業を続けたもの。


私はそもそもソープランドが
取り締まれないのがおかしいと
思っている。
ソープランドは正確な産業分類では
銭湯と同じ扱いになっている。
つまりは入浴料を払って風呂に
入っている時に女性と盛り上がって
しまって双方の同意の下に金銭の
授受があった後性交に至りました、
というのがソープの建前らしい。
明らかにおかしいね。
それとパチンコの景品の3店方式。
景品を換金所に持っていく。
換金所は古物商の免許を持っているので
それを査定した結果として客に
現金を渡している。
買い取った景品はそれをまた買い取る
業者に流れて、それが店に帰ってくる。
つまり店と客が直接現金の受け渡しを
しているわけでないから合法だという
論理だが、これもおかしい。
日本が本当に法治国家というなら
ソープとパチンコをさっさと
取り締まってみろ。


話が脱線してた。
こんな感じで飛田新地も料亭に
お客さんが上がって盛り上がって
やっちゃいましたってことに
なってるから取り締まらない。
よくわからない理屈だ。
関西には他にも数箇所の
旧赤線地帯が今も料亭スタイルで
営業を続けている。
私は以前に尼崎のかんなみ新地という
遊郭をウォッチングしたことがある。
残念ながら上がる勇気は私にはない。
10数軒くらいの規模だった。
店のライトは薄暗かった。
こんな印象。


さて商店街を抜けて飛田に着いた。
堂々と飛田新地って看板が立ってて
お店の組合の事務所まである。
もうここまで来ると立派な
地域文化だ。
それなりに歴史を背負ってきたから
旧赤線を語る価値があるのだ。
ただの本番風俗なら用はない。


それにしても店は何軒あるのだろう。
尼崎の規模しか知らないので
ビックリした。
西成区山王3丁目という町がすっぽり
料亭だらけの町ということらしい。
いかにも料亭らしい屋号に電燈が
灯っている。
しかも店頭が滅茶苦茶明るい。
尼崎みたいにピンクの薄明かりじゃなくて
昨日蛍光灯を変えたばかりですって感じ。
女の子がちょこんと座っている。


それにしても呼び込みのおばさんが
やかましいほどに通り過ぎても
「お兄さ?ん」と呼んでくる。
なんか必死だ。
北側に位置している通りは車から
品定めをする人や友人同士で
遊びに来た感じの中年などで
そこそこ賑わっていた。
しかし南側になると開けていない
店も多く、通りにも私以外は
誰も歩いていないような状態だった。
いくら好景気と言ったって
「飲む、打つ、買う」にお金が
回るほどの余裕は世間にはない。
あれほど乱立しているのに
それほどの採算があるのかが
多いに不思議だ。


今回も上がってはいない。
別に風俗レポートではなくて
私の趣味である町歩き、歴史散策なので
それはご了承願いたい。
さてこういう業態の将来を考えても
予想がつかない。
ソープも旧赤線も金で女を買って
本番行為に至っているのだから
明らかに違法だ。
これを厳格に取り締まる方向に行くのか
今のまま野放しにするのか。


実際に買う側、買われる側ともに
今の法制度の下での営業はおそらく
不自由を感じていないと思う。
お互いが恣意的な法解釈をして
それを警察も追認しているような
現状が早晩変わることはないだろう。
しかし大阪府はソープを禁止しているので
それとの整合性を考えるとなぜ旧赤線だけ
そこまで厚遇されてきたのかも
よくわからない。
きっと近代以前から流れてきた
地域性や歴史的な経緯があるのだろう。
私は法治国家たらしめるには特定の
団体の利益を保護するようなご都合主義は
止めるべきだと思う。
逆に考えればいざという時は
踏み込むぞという事実上の
生殺与奪の権を警察が持ちすぎているのも
いかがかと思う。


職業に貴賎なし。
飛田の女性だって尊敬する。
でも今の状態は決してまともな
法治国家の姿とは程遠いのではないか。


2007.05.18(Fri)
天王寺公園を後にして次は
あいりん地区へ。
日本最大級の日雇い労働者の町。
今まで行ったことなかったのだけど
同じ関西人として本の知識だけでなく
現実を見たいなと以前から思って
いたので行ってみることに。


あいりん地区の場所はおおざっぱに言うと
西成区の南海新今宮以南、阪堺電鉄以西。
先日の架空の住民登録で問題になったように
ものすごい人口密度でおっさん達が
生活している。


過去には何度も暴動が起こり
警察署が包囲されたり駅が放火されたりと
なかなかデンジャーな町でもある。


まず着いて初めに感じたのは物価。
超がつくデフレ。
飲料自販機は50円なんてザラ。
弁当屋もそこそこ空腹が満たされそうな
弁当が200円とかで売られている。


それからドヤの多さ。
「宿」の逆さ言葉と言われている。
素泊まりの簡易宿泊所。
数メートルおきにひしめき合っているのには
驚いた。
一泊1000円なんてのもたくさん
見かけた。


とにかくやたらと怒声が聞こえる。
おっさんVS警察官。
おっさんVSおっさん。
おっさんの独り言。
バツが悪い人が多いのだろうか。
しかし大声で話している内容は
全く意味不明で要領を得ないものが
多いようだ。
だからか警察のパトロールの頻度もかなりだ。


あいりんのメインストリートは
南海線路沿いである。
ここには西成労働福祉センターがある。
日雇い労働者向けのハローワークみたいな
ものだ。
労働者は早朝ここで仕事の斡旋を受ける。
あぶれたら馴染みの手配師を頼るしかない。
もちろんセンター経由の仕事の方が
労働トラブルなどの際の心配が
少ないだろう。
そして早朝にはたくさんの朝市が出る。
ここで売っていないものはないと
俗に言われている。
つまり薬も簡単に手に入るってことだ。
あいりん住民の早朝は早い。
4時頃からみな動いている。


夕方だったので市は少なかった。
拾った新聞や雑誌を売っているのと
何に使うかわからないような
ガラクタを並べているのくらい。
そしていよいよセンターに着いた。
かなり年季の入った建物だ。
むき出しのコンクリートが寒々しい。
壁には建築現場系や港湾荷役系と
いった感じで作業種別ごとの
矢印が書かれていた。
その矢印の方向の窓口に
早朝並びなさいということだろう。
壁にスプレーで直接書かれたと
思われる字と矢印は相当の年月が
経ったのだろう、色褪せて
今にも消えそうな弱々しい字だった。


屋根の下がすごいことになっている。
おっさん、おっさん、またおっさん。
カバン、新聞、カバン、新聞。
どうやら明日の朝のための窓口の
順番取りが始まっているようだ。
横に2、3列で50メートルは
列が伸びていただろうか。
野球の自由席の席取りじゃあるまいし、
などと思うのは野暮なことで
おっさん達にとっては明日のお飯が
食べられるかどうかが決まる大事な
順番なのだから早くから並ぶのは
当然だ。


並んでいる人のなかに私と歳が
さほど変わらないであろう青年がいた。
一人でポツンと座っている。
身なりは綺麗であまり日焼けも
していないのでまだ新入りかもしれない。
それまではおっさんしか見ていかったので
リアリティに欠けていた部分があったが
一気に目を覚まされた。
なんとなく悲しい気分にもなった。


列は誰かが整理したわけでもないだろうに
整然と作られていた。
きっと長年の間に自然にそうなったのだろう。
列に座って待っている者、
列から離れてカバンなどで場所取りを
している者。
仲間と何やら情報交換をしている者。
ここまで見てくると、積極的に群れる
タイプのおっさんと孤独なおっさんの
二種類がいることがわかってきた。
郷に入れば郷に従え。
きっと群れるタイプの人の方が
人脈が増えて仕事を得る機会も
多くなるだろう。


ざっと30分ほど歩いてみた。
感想として思いのほか高齢化が
進んでいることが印象深い。
ほとんどが60代以上だ。
世間なら孫がいてもおかしくないような
年恰好の人が多い。


それと空気。
新今宮の駅から明らかに空気が変わった。
他の人のあいりんレポートでも
頻繁に指摘されているけれどアジアの
空気があいりんには流れているらしい。
別に焼肉やホルモン屋が多いという
五感で感じられるような空気の変化とは
異質のものを感じた。
何か重たくて、黒くて、
でも全く余所者を排除するような
息詰まった感じではなくて
自由で熱気うずまく空気。
こんなところかな。
多分行ってみないとこれは
わからないかもしれない。


昼間から酒を飲みカラオケを歌うおっさん、
なけなしの金で弁当を買うおっさん、
その残飯を集めるおっさん、
ウィークリーマンションを借りるおっさん、
たまにドヤに泊まるおっさん、
段ボールに包まって寝るおっさん、
道路脇、建物に寄りかかるようにして
眠るおっさん。
おっさんも色々だったが格差が
確実に存在していることは
ひしひしと感じた。
ある意味人生を上手く生きられる
処世術に長けた人間が生き残る
世界なのだろう。
きっと我々が生きている資本主義とは
違った意味で厳しい世界だと思う。
しかし食うに食われず、
眠るに眠られず、
挙句に病気になっても治療を
受けられず絶命するおっさんは
後を絶たないのだろう。
私が大上段から何を言っても
何も変わらないことはわかっている。
けれど実際の現場を見て、
異質の空気を感じたからには
そういうおっさん達を見殺しに
なんてしたいとは思えなくなった。
生きていたら何かいいことあるよ、なんて
超リアリストの私には似合わない
けどこれで閉めさせてもらいます。



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