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2007.08.27(Mon)
昨日は神戸・新開地の神戸アートビレッジセンター
「ヒロシマナガサキ」を観た。
日系米国人のスティーブン・オカザキ監督の
被爆者へのインタビューと貴重なニュース映像や
初公開映像を巧みに使った良作だ。
KAVCは初めて行ったので場所を探しながらだったけど
まさかボートピア新開地の隣だったとは。
あの辺りは兵庫県随一の労働者の町で簡易宿泊所や
ソープ街があるところ。
ああいう香ばしい町に明らかに不似合いな
オシャレビルが。
ギャップがよろしいな。


映画はかなり良かった。
オープニングにいきなり「あふりらんぽ」が出てきたのは
ビックリだったけどw
町行く若者に「1945年8月6日と9日は何の日?」と
聞くオープニングはベタと言えばベタだけど
導入部の手法としては手堅いわね。
それからは被爆者に被爆の瞬間のことや
戦後の町の様子や自身の傷や苦労について
語ってもらうという内容。


改めて思ったのはやっぱり生の声を聞くのは
胸に響くなぁと。
響きすぎるほどに響いた。
特に後半は非常に生々しい傷跡や治療の様子を
取り上げた秘蔵フィルムの連続でちょっぴり
観ていて疲れた。
血生臭い映像には弱い方なので思わず目を
背けてしまうこともしばしばだった。


特に印象に残ったシーンを一つだけ。
戦後10年後くらいにアメリカのTVショーに
被爆者が出演をしてエノラ・ゲイの乗組員と対面をして
握手をしたり、乗組員から沈痛な言葉が
出てきたりというシーン。
こういう番組があったんだね。
はっきり言えばアメリカは趣味が悪い。
司会者が被爆者達のアメリカでの形成手術のために
みなさん寄付をお願いします、みたいなことも言うわけ。
そうしたら乗組員も私もしますとか言うわけ。
もうお前らはどれだけポーズが好きなんだと。
私の反米心にますます火がついたよ。


総じて評価は高い映画だ。
まさに映画冒頭で8月6日、9日を聞かれても
わからなかった世代が見るべき。
私達のような戦後世代は戦争といえば
生きるか死ぬか、殺すか殺されるかという
二者択一で考えがちだ。
しかし仮に生き残ったとしても不具に陥ったり
一生消せない傷を見た目にも心にも負うことになる。
やれ閉塞感を打破するためにいっそのこと戦争が
起こればよい、みたいな極端な言質も一部の若い
世代にはあるけれど、この映画を観たらどれだけ
戦争の現場がむごたらしいかがよくわかると思う。
私なら軽々しくそういうことは言えないね。
ちょっぴりヘビーな映画だけど心にフタをせずに
過去の市井の人々の悲劇について知ることは
大切なことだと思った。


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2007.08.19(Sun)
この夏は戦争関連映画が多く上映されている。
従来見られたような大規模なロケやCGをふんだんに
使った大作という系統ではなくて戦後世代である無名監督が
良質のドキュメントを提供するというパターンが
今年は多いようだ。
フィクションの世界でリアルさを追求するよりも
年々生き字引が減ってきた今のうちに生の声を
拾おうという意図も製作者にはあるだろうし、
語り部達も今まで戦後60年間ひた隠しにしてきた秘密を
最後に公にしてしまおうという勇気の発露が
ドキュメント作品の増加に結びついているのだろう。


今日は「TOKKO」を観てきた。
関西では今のところは第七芸術劇場でしか上映されて
いなくて、しかも夕方の一回のみ、盆休み最後の日曜と
混雑する条件が揃っていたのだろうか。
てっきりガラガラだとたかを括って開始時間の少し前に
着くと人で溢れてるじゃないっすか。
ざっと8割以上の入りで補助席まで出る繁盛振り。
意外と注目度が高いのかなぁと。


さて作品の評価だけど、かなり良かったです。
何が良い点かと考えると監督であるリサ・モリモト氏自身が
あまり特定のイデオロギーに染まった方ではないのかは
わからない。
だが少なくとも作品には妙な反戦思想や
逆に戦争賛美といったシーンもなく終始淡々と
語り部達が話してくれていたのが印象的だった。
作品制作の動機がリサ氏の亡くなった叔父が
特攻隊員だったことを知ったのがきっかけで
興味を持ったことらしく、非常に素直な
動機というか自らのルーツ探しにさえ繋がるような
イデオロギー抜きの純粋な製作者の眼差しが
終始作品に貫かれている。


特にケチをつけるような場面もなかった。
証言者達も非常に積極的に話しにくいことを
話してくれた印象を持ったし、ところどころに
往時のニュース映像を交えたりして観ている側に
わかりやすい配慮がなされていた。
はっきり言ってこれ以上の本音を引き出そうとすると
あからさまな軍部批判や天皇批判が出てきて
まとまりにかけてしまうのが目に見えていえるので
あくまで証言者が生で体験したことに限定して
インタビューを掘り進めたことが勝因ではないか。


印象に残ったシーンは米兵へのインタビューで
もしも日独の攻撃に手を焼いて米国が追い詰められたら
米国だって特攻作戦を採用していたかもしれないと
語ったシーン。
まぁどこまで本気にすればいいのか、
聞き流してもいいシーンなのだけど。
私に言わせればお前らがそんなことするわけねぇだろと。
ルーズベルトのために命捨てる兵隊なんて
米国にいるわけないと思うのだが。


結局思うのは私達日本人の奥底には今も昔も
「特攻」的なるもの、「カミカゼ」的なるものが
潜んでいるのではないかということ。
昨今の過労死や自殺なんかを見ていると
妙な使命感や行き過ぎた上意下達が突き詰められると
我々だって未だに「特攻」してるんじゃないのかと思う。
この作品を見て「昔の日本人はバカだった」とか
「今の私達ならもっと上手く戦争を終結できる」とか
無責任な感想は持たない方がいいと思う。
たった60年で国民性が180度変わることなんて
有り得るのだろうか。
いまの日本人1億2000万人のそれぞれに
「特攻」的なるものが、なりを潜めて隠れているのでは。
特攻作戦というシンボリックな現象に目を奪われて
良し悪しを議論する時代は終わった。
この教訓をいかに我々のこれからの生活の場面で活かすか
またもしも不幸にして日本が他国と刃を交えなければ
ならなくなった時に反省は活かされるのか。
日本人は本当にどこまで変われたのか。
問題の根は深いと思う。


繰り返すがこれから見る人には単に特攻作戦の
無駄を嘆いたり、嘲笑の対象にするのだけは
止めていただきたい。
特攻というか先の大戦について知るにはやはり
軍の特殊性を知る必要がある。
あまり日本史をご存知ない方も↓に挙げた
項目くらいは押さえてから映画を観て
興味を持てばさらに近現代史の勉強をして
いただいたらいいと思う。
この映画は当時の軍に対する現代人が抱く違和感を
余すところ無く抉り出した良作であると共に
我々の日本人としての内なる根本哲学にもう一度
向き合う機会を提供してくれる作品である。


<大戦を知るための予備知識>
・明治憲法の不備(天皇大権の問題)
→早く天皇のリードで終戦すべきであったという
声は古今東西根強いが憲法論として裕仁天皇には
御前会議を初めとする各種の意思決定の場面で
自らの考えを披露する権限を持たなかった。
裁可を下す、つまりは内閣や軍部の決定事項に
判を押すことしかできなかった。


・軍部大臣現役武官制
→戦局が広がるにつれ軍部の力が強まった。
新たに組閣するに際して陸・海軍大臣の人事は
軍部のお伺いを立てなければ決められなかった。
つまり軍部がノーを続ければ組閣ができないという
組閣そのものを軍部が握るに等しい状態にあった。
民主国家の常識である文民統制(軍部の所管大臣は
軍人ではなく文官でなければならない)は
どこかに忘れ去られていた。


・陸軍と海軍の反目
→元来軍隊には全体を統率する幕僚組織が必須であるが
帝国軍は陸・海がそれぞれの思惑で動いていて
協働する気など終始なかった。
そもそも陸・海は作戦遂行のためには一緒に共通の
目標のために動くものあるが、何を思ったのか
帝国陸海軍の場合、中国大陸は陸軍が担当、
東南アジア、太平洋は海軍が担当という
地域ごとに担当を決めるという不可解な方針の
元に動いていた。


・葉隠「武士道とは死ぬことと見つけたり」
→これが日本人が世界の中で特異な存在である証。
死を肯定的に捉える傾向は今の我々にもある。
戦陣訓「生きて虜囚の辱めを受けず」つまりは
捕虜になるくらいなら死になさいという発想が
帝国陸海軍の根底にあるのだから当時の上層部は
特攻作戦そのものにあまり抵抗はなかったのではないか。
もちろん現場の兵隊は武士道よりも明日の米のことを
心配していたに違いない。


TOKKO
第七藝術劇場


映画「選挙」
2007.06.27(Wed)
映画「選挙」を観た。
川崎市議の補欠選挙に挑んだ40歳の
切手商の奮闘記。
「ジバン、カンバン、カバン」を持たない
普通のサラリーマンが選挙に出れば
どうなるのかという素朴な興味を
かきたてられる。


観終わって思うのはやっぱり政治の世界は
変わってるなーということだ。
主人公の山さん自身も語っているが
上下の関係がすさまじいことが劇中から
ありありと伝わってきた。
後援会も何も支持基盤を持たない山さんは
先輩市議や県議のアドバイスを受けたり
それら事務所からのボランティアの
全面協力を受けることになる。
それがけっこうきつくて山さんは
言われるがまま、やられるがままの
選挙戦になる。
圧倒的に先輩が偉くて、後輩は絶対服従という
かなりの体育会世界であることがよくわかった。


また奥さんが先輩議員から、当選したら仕事を
辞めるべきと言われて帰路の車中で
ぶち切れるシーンがある。
これが一般人の感覚だ。
なんで市議になったくらいで仕事を辞めないと
いけないのか。
やっぱり政治家って人種は変わっている。


結果として当選はできた。
しかし全く素人の元サラリーマンが
飛び込んでいくにはハードルが高すぎる
世界だと思った。
この映画はこれから政治に打って出ようという
人には是非見てもらいたい。
政治の世界はよくもわるくも世間離れしていて
変人の集まりなのだろう。
そこに出て行く勇気を持った山さんは偉い。
内心面白くないのに辛い選挙戦を戦った
奥さんはかなり偉い。
ちょっと笑えて、共感できて、感動もできて。
無駄にお金のかかった映画よりもこういう
低予算の映画もいいね。


選挙 公式サイト


2007.06.17(Sun)
今日は父の日。
ということで関根勤の「お父さん」というDVDがお勧め。
こんなお父さんに育てられたら子供が
グレるわけない。
関根麻里が明るくて素直そうなのも頷ける。
全国の父親と距離を置いてしまった坊ちゃんや
お嬢ちゃんに是非見てもらいたい。
バカバカしくて、でも中身があって
関根流の子育て哲学がなかなか含蓄がある。
やっぱり関根さんは素敵で面白いパパだ。




2007.05.25(Fri)
先月テレビでやっていた「男たちの大和」
録画してずっと観ていなかったので
やっと観た。
まぁこんなもんかって印象だ。
戦闘シーンなどの映像は確かにすごい。
けれど話の筋はありがちで、
真新しさを感じない。
全体的に軽いような気がした。
長島一茂の「日本は敗れて目覚める」という
セリフがあった。
これは重たい言葉だ。


監督は佐藤純彌氏。
この名前どこかで見たと思えば
数日前にDVDで観た「陸軍残虐物語」
監督じゃないか。
この40年前の映画が初監督作品だったらしい。
この映画が面白かった。
全体にB級な雰囲気が漂っていて
なんとも言えない面白さだ。


三国連太郎演じるグズでノロマな
補充兵が教練所で、西村晃演じる
上官からしごかれまくる話。
この西村晃が上にはいい顔をして
下には残虐非道の限りを尽くす
保身の塊で理不尽を絵に描いたような
帝国軍人の体質を体現した男。
三国は汲み取り式便所の肥溜めというのか
クソが貯まってる地下で拳銃の部品探しを
させられたりと上官連中からはからかわれまくり。
しかし生来のノンビリ屋なのか
他の人が苦しむなら自分が身代わりで
構わないというような好人物。
けれどどう考えても軍人向きの
性格ではない。


三国に面会に来た妻を西村が
強姦をしてしまう。
さすがにキレた三国が西村を
殺害して先輩軍人と脱走を図るが・・・
こんな話。
きっとこの手の理不尽な上官や
若者の脱走話なんてごまんと
存在したのだろう。
途中で、軍隊では物を取る奴よりも
取られる奴が悪い、というフレーズが
出てくる。
なんと滅茶苦茶な。
って思うのは現代人の感覚で
上官は「俺の物は俺の物、お前の物は俺の物」
だったのだろうな。


三国のノンビリとした演技が
コミカルなのと、
西村の鬼気迫るとんでもっぷりが
対照的で面白い。
こういう視点の戦争映画もアリだなと
感じた。
それから40年後に大和を描いて
大変な評価を得たわけで。
やっぱり戦争というテーマは
普遍だなと思った。




DVD「太陽」
2007.05.19(Sat)
「太陽」という映画DVDを借りた。
ロシア人監督が昭和天皇の終戦から人間宣言までを
描いた作品だ。
天皇を演じるのはイッセー尾形。
「あっそ」の口癖や口元の癖なども
上手く演じていてさすがイッセーである。


しかし作品を通じて何を訴えたいのかが
よくわからなかった。
天皇の日常の着替え、食事、生物研究などを
ひたすらゆっくりとしたペースで描写しているのだが
メリハリがないというかこれといった盛り上がりが
ない作品なので、「えっ?これで終わり?」と
思ってしまった。


そもそも誰も天皇の日常の姿を知らないので
ほとんどがフィクションだ。
具体的には米兵にチャップリンに似ていると
言われて気をよくするシーンや、
アルバムを眺めて香淳皇后の
写真に口付けをするシーンなんて面白いけど
それはないだろってツッコミのほうが
先に立ってしまってそこから何らの広がりも
感じなかった。


あと「私は普通の人間である」と
しきりに侍従らに言うのだが、
それがかえって不気味というか
そんなに実際の裕仁天皇は自分が
人間だの神だのという意識が
あったのかどうか疑問に感じた。
侍従らがなかなかそれを受け入れられず
天皇をイラだたせてしまうあたりは
本当かもしれないけど。


一つ面白いと思ったのは御前会議が
終わって防護地下道を通って執務室に
帰るシーンで侍従が先導を誤ってしまうシーン。
天皇は地下の計器類が並ぶ行き止まりで
ジッとしたまま動かない。
きっと実際の天皇も一切の行動を
侍従が決めた順序に従ってこなしていたに
違いなく、きっとこういうシーンは
象徴的リアルなんだろうなと思った。


コミカルさとシリアスさを同居させた
ところはなかなかいいのだけど、
私のような右寄り思考の人間にとっては
あまり見たくない一面を堂々と
抉り取って提示されたような
気分にもなった。
私の天皇観とは違うから致し方ない。


私などはフィクションとわかって
見ることができるから楽しめるけれど
ロシアの人や外国の人が見たら
どんな感想を抱くのだろう。
何の自由もない可哀想な人物?
家族思いの普通の父親?
どこまでいっても神は神のまま?
やっぱり戦争責任はある?
けっこう外国での評価が気になる
映画だ。
昭和天皇の日常をひたすら描くという
アイディアは面白かった。
大きなチャレンジを成し遂げたことは
評価に値する。
けれどそれを超える何かを感じることは
できなかった。



2007.05.14(Mon)
映画「俺は、君のために死ににいく」を観た。
なかなかいい映画だ。
前評判通り岸惠子の演技が際だっている。
母性に溢れた昭和の母の姿である。


脚本が石原慎太郎なのでもっと
ゴツゴツした話かと思いきや、
それほど偏った内容ではない。
全体を通じては特攻の意味、
生きるとは何ぞや、みたいな
テーマが貫かれている。
初めは特攻を作戦だと
訓示する上官も戦況の悪化や
度重なる特攻機の帰還によって
ついには特攻は死ぬことが
目的と断言するようになる。


それに疑問を持ち、次々と同僚を
失う中で特攻ひいては戦争の意義、
さらに戦時下で恥とされた
帰還特攻隊員が生き残ることの
意義を戦後になっても模索しながら
成長していくみたいな話。


つまり石原脚本は決して
戦争や特攻を賛美している
わけではなくそこから生命の尊さ、
家族・郷里への誇りなどを
現代人に昔の人達が教えて
くれているのだよってことを
表現したかったのだと理解した。


これまでの特攻を取り扱った映画のように、
郷里、家族、整備不良、軍歌といった
話の中のパーツ自体に真新しさはない。
そこに岸惠子演じる特攻の母という
民間人が登場することにより
この映画の骨子はより強められた。
きっとこういう気概があって
優しい母性溢れる母親が
昔の日本人女性の典型だったのだろう。


この映画を左派が見れば噛み付くだろうか。
おそらく噛み付く。
この映画に出てくる特攻隊員の合言葉は
「靖国で会おう」だ。
後半はしつこく靖国が登場する。
当時の軍人がどれほど靖国を
意識していたかには議論の
余地がある。
実際の多くの軍人は家族や郷里を
思って死んでいって靖国を
意識していなかったという論もあるので
この点は少し慎重に見るべきだと感じた。


映画を貫く歴史観は大東亜史観、
靖国史観であることは間違いない。
しかしそれが本編を邪魔するほどの
強さではない。
左派の方にも是非観ていただきたい。


あんな戦争は間違っている、
特攻なんて狂った残虐非道な
人間のやることだ。
こういう現代人の感覚で過去を
軽んじるようなことを言っては
我々に進歩はない。
映画を通じて日本の歩み、
今日までの発展に学び
将来への糧にするのだー。


あとせっかく素晴らしい映画なのに
エンディングテーマがB'zでは
台なしになってしまう。
私は挿入歌として使われていた
「海行かば」が荘厳でエンディングには
ピッタリだと思うのだが。
よりによってB'zは勘弁して
ほしかったかな。




2007.05.11(Fri)
レンタルで「出口のない海」を観た。
海軍の特攻魚雷である「回天」の
乗組員となった若者達の姿を描いた
作品である。
主演は市川海老蔵。


回天は遊就館や大和ミュージアムに
飾られているので都合3回は
展示を見たことになる。
印象は機体の長細さである。
私があの狭そうな中に入れられたら
息が詰まって逃げ出したくなって
しまうと思う。
そりゃ機動性と隠密性が一番だから
居住性があるわけはないけど。


私はこの時代の将来有望な学生の中に
志願兵となった者や特攻を志願した者が
いたことに同年代の男として興味がある。
もちろんお国のために、
家族のために、
愛する者のために。
理由は様々であろう。
そしてこの映画の若者達もおおむね
この範疇の中で悩み苦しみ散って
いくことになったのである。


個人的にはもっと深い部分というか
心の捩れや、もっと言えば戦時における
究極的な精神状況のようなギリギリの
局面での若者の奮闘や苦悩を見たいのだ。
そういう点でいくとこの映画は
ありきたり、無難、どこかで観たような
シーンの継ぎ接ぎと私には映った。
しかし私の同年代には戦争の知識も実感も
ないので人間魚雷という主題自体を
多くの人に知らしめるところとなったのは
良いことだろう。
計器類の操作や相次ぐ故障のシーンなどは
実際にこういうものだったのだろうと
妙にリアルだった。
あの戦争末期にはもはや乗り手も整備士にも
熟練の者がいない死に体の状況だったのだから。


それとこれはいいのか悪いのか
わからないのだけど、
市川海老蔵に貫禄がありすぎてw
あんな貫禄たっぷりの学生は今も昔も
いないだろ?なんてね。
やっぱり昔の戦争映画に出てくる兵隊は
いかにも芋臭いというかイガグリ君が
多いのだけれど、日本人の隊形そのものが
変わってきているのでこれは仕方ないかな。
もうすぐ「俺は君のためにこそ死ににいく」
公開になる。
できれば観に行って感想も書きたいと思う。


戦争映画を見て
2007.04.30(Mon)
みなさまGWはいかがお過ごしですか?
年間休日365日の私はGWなんて
全く関係ありませんがね。
それにしてもここ数日暑い。
この時期は着る服がなくて
困ってしまうのであります。


最近特にやることがなくて。
DVDをレンタルしまくってる。
なぜか戦争映画ばっかり見てる。
「あヽ同期の桜」「日本のいちばん長い日」
「二百三高地」「大日本帝国」「海行かば」
今のところはこれだけかな。
ちょっと前に遊就館で「戦艦大和」も見た。


とりあえず三船敏郎カッコイイ。
あまり映画自体を見ない人なので
三船さんを初めて見たに等しいのだけど
とっても雰囲気がある。
うちの小さいパソコン画面からオーラが
ビンビン出まくっている。


今のところは「日本のいちばん長い日」が
一番よかった。
近衛師団のやらかした事件は決して
正当化されることではない。
天皇を守る立場の人間が宮城を包囲して
天皇に直談判を試みるなんてとんでもない。
だけどあの思い上がった青年達の熱さは
一体何なのであろう。
あの腹の底から湧き上がってくるエネルギー。
もちろん映画なのはわかっているけど。


今の時代の若者に国を思ってあれだけ
短時間に感情を大爆発させるなんて
とてもじゃないけどできない。
あと宮城や宮内省のリアルさ。
本物じゃないのってくらいにリアルだった。


もう一本気になったのは「大日本帝国」。
これは太平洋戦争の流れを民間人、兵隊の
目線から描いた作品なのだけれども
意外なシーンが途中で出てきたのだ。
確かサイパン島だったと思うけど
そこでの軍人と現地人との関係を
描くくだり。
簡単に言うと軍人が数人の現地人に案内の
用事を頼んだ。
そして用事が済んだらその現地人を射殺した。
軍人の一人が残してきた妻だったか婚約者に
似ているというので現地で懇意にしていた
娘(夏目雅子の二役)だけは殺さないでくれと
仲間の軍人に頼んだがその娘も結局は
殺してしまうという件。
要するに秘密を知られたくないので
用済みの異国人は平気で殺したみたいな
印象をこちらに与えるシーンなのだ。


この映画は決して左翼映画ではなくて
日本兵の武勲や大日本帝国の頑張りを
伝える映画なのにそんなシーンが。
従軍慰安婦問題がうるさいことに
なっているけれど、我々現代人の
感覚としては軍人が無実の現地人に
そのような性的暴行を働くわけがないという
日本の国民性を信じた論がある。
私もそう思う。
規律正しい日本人が享楽的に
南京で100人斬りをしたりだとか
女性に米国議会がSEX SLAVEと
呼ぶような性的暴行を働くなんて
よりによって日本人はするわけがないと。


でもこの映画ではいとも簡単に
用済みの現地人を射殺しちゃってた。
この程度の残虐行為は多かれ少なかれは
戦地では起こっていたということだろう。
規律正しい日本軍だって全くクリーンな
集団ではないということは認める。
かと言って100人斬りや従軍慰安婦は
荒唐無稽すぎて話にもならないけれど。


やっぱり戦争の現場では普通のことが
普通ではなくなって異常が正常になるってことだ。
そりゃそうだろう。
全く世間から隔離された世界で
徹底した階級社会で野郎だらけで
行ったこともない外国で生活するのだから。
我々の感覚からすれば信じられないことが
平気で行われていても不思議ではないと思う。
だけどそれを変な贖罪意識だけで
我々の祖父世代がとんでもない残虐な
悪魔のようだったと言わんばかりの
極端な論もまたおかしいだろう。
今日の平和、アジアの発展に明治から
昭和期の先祖は大きな寄与をしてきた。
大いに誇りを持っていいと思う。


映画の話からずれたけど。
しかもこれって昨日の「昭和の日」に
書けばいい内容だな。
まぁこれからも先祖を敬う日本人で
ありましょーってことです。




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